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院長ブログ

第10回 院長からのメッセージ。

 前の第9回のブログで日本の医療の根っこの部分の姿を述べ、その根っこによって形作られた現代の日本の医学の問題点をお話ししました。又、それをそのまま無批判で受け入れることが出来なかった自分のこともお話ししました。
 今回はその後に私が考えてきたことを述べてみたいと思います。
 話は日本の文化の一つ、日本の旅館についてです。
 私は今まで妻と共によく奈良と京都にゆきました。奈良と京都というと、東京の人間にとっては中学、高校の時代の修学旅行というイメージが強くて、それ以上でも以下でも無いと言ったところですが、たまたま、つてが有りましたので奈良の古くからの、ある旅館に通いました。
 そこで私どもは驚くような優雅な接待をうけました。
また京都のずっと北の方のある旅館にも何回か通いましたが、そこでもこの上ない上質な文化を体験しました。
  私は何も日本中の旅館にすべて行ったわけでは有りませんが、この奈良と京都の旅館以上に感動を覚える所はおそらく無いのではないかと感じています。どうしてここはそれほどに心を揺さぶられるのだろうか。この感動はどこから来るのだろうか。ずっとこれが気になっていましたが、これを考える上で一つのヒントが有りました。
 それはこの二つの旅館が共に、昔はお坊さん達の宿坊であったことです。お寺のお坊さん達が寝泊まりする宿泊施設だったのがその後日本旅館になったわけです。
 ということは仏教のお寺という宗教性そのものが、そのままそっくり旅館という形に変わって、そののち洗練され続けて今の姿になったのでは無いか、と私はおもいました。つまり私が感動したのはその旅館を形作る所の宗教性そのものだったのではないか。
 そのようにずっと感じておりましたが、それを確かだと裏付ける何か証拠のようなものが無いものだろうかと色々と探していました。
 そしてやがてその探しているものに出会うことができました。次回にそれをお話しいたします。
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